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電流と電子の速度

注意!! 電流は電子の流れと逆方向に定義されていますが,ここでは電流と電子の流れが同じであると定義して議論していきます.

0. はじめに

長く物理を学んで来たにもかかわらず,私は,例えば断面1mm × 1mm の導線(銅)を流れる1アンペア(A) の電流中の電子の「平均」速度が,0.07 mm/s などというとてつもない遅さであることを知らなかった. これはカタツムリの歩みのような遅さである. 「平均速度」であるかぎり,電流の定義と自由電子の定義を考えると,これは納得のいく値である.

一方,電磁気学が特殊相対性理論を満たす理論であり,特殊相対性理論にしたがって観測系をかえる事で電気力と磁気力が 混ざりあうというこを 実感できる思考実験が知られている. 後で説明するこの思考実験に非常に感銘した経験を私はもつのであるが,その議論には導線中を走る電子の速度が関わっており, 電子は相対論的速度(光速に比較して無視できない速い速度であり,相対論の効果が現れる速度)を持っていることが暗黙的に認識されていると,私は考えていた.しかし 0.07 mm/s では...う〜ん

結論を言うと,電子の速度をいかに遅く取ろうとも(また早く取ろうとも),その思考実験で取り扱われる計算は厳密に正しいのである. しかし,特殊相対論と電磁気学との関係を議論するのに,カタツムリの速度ではあまりに興ざめである. この思考実験を人に紹介するのに「実は...」といって,議論される電子の速度が相対性理論を議論するにはあまりに 遅いということを前置きしてやらなければならないのか? そこのところを念頭に置きながら,電流中の電子の速度について少し勉強してみた.

1. カタツムリ速度の算出

1アンペア(A) の電流とは,1秒間(S)に1クーロン(C)の荷電粒子が,導体の断面横切る電流のことである.

1Cとは 6.24 × 1018 個の電子がもつ電荷である.よって,

ここで  は今論じたい電流(A),   は電子一個の電荷(C),   は電子の平均速度 (m/s),  は, 単位体積(m3) に入っている電子の数,  は導線の断面積(m2)である. よって

.  これにそれぞれ,

を代入して, を得る.

 は,銅原子一つにつき,電子一つが自由電子であるとして導いている. I と a は観測値, q は定数なので,  は  をどう取るかに依存(  は  に反比例)する事を憶えておいて欲しい.

2. 電磁場の相対性

アインシュタインは電磁場の考察から特殊相対論に至った.実際,電気と磁気は相対論で「あの面」と「この面」に 見える.それがどういう事なのかが非常によくわかる思考実験がある.

私の場合,この思考実験を知ったのは 「ファインマン物理学 III 13-6,7」による.実はこの項のタイトルもそこからとっている . ちゃんと式を使った議論は,ファインマン物理学をみていただくことにして,ここでは概観だけを説明する.

図1-1 の様に,電流が流れている導線と,導線の中の電子と同じ速度で導線に平衡に走る一つの電子を考える. 電子の流れにより,導線はそれを取り巻く磁場を持つ.そして導線の外の電子も電流を作るので,その流れを取り巻く磁場を持つ. 互いに磁場を持つので導線と電子は引き合う.働く力は磁力だけである.導線の外の電子は確かに電場をつくるが, 導線の方は原子核達の持つ正電荷によって電場は中和されている.

次に,図1-2 の様に,走っている電子と同様の系からこの様子を見る. 今度は電子達は止まっている. 電子はもはや磁場を作らない! 導線外の電子と導線はもはや引き合わないのか? 観測系を変えても物理が同じようにあらねばならないのが相対論である.それでは相対論が成り立たなくなるのか?

そうではない.今度の観測系では導線を構成している原子核達が後ろ向きに走り出す.そして,特殊相対論では,高速で走ると物体は その方向に縮む. 空間での距離が縮むが,数は同じなので,原子核の密度は大きくなる.導線の中の伝導電子達は逆に速度を無くし密度を小さくする. トータルで,導線は正の電気量を帯びる.そして導線の外で止まっている電子はもちろん負の電荷をもち,導線と電子は再び引き合う.ただし今度は純粋に静電気力である.

図1-1 で見た磁力の場合とと図1-2 で見た静電気力の場合の力の大きさを計算すると,実はわずかに違いがある. 特殊相対性理論に従えば,動く系に移ると,元の系に比べて時間の進み方が変わる. このことを考慮するとこの問題は消え去り,電子と導線が引き合ってできる運動量はどちらの系でも同じになる.

観測系を変える時に行うべき変換,例えば物体の長さが短くなったり,時間がながくなったりという変換は,ローレンツ変換と呼ばれ,その重要な係数は

 である.

は,我々の場合    である. 上の議論は には依存せず,嘘はないのだが, c は光速で, 3×108 m/s にもなるので, = 0.07 mm/s では, がほとんど0で,相対論が効くという感動がほとんどなくなってしまう! と言う以前に, 0.07 mm/s なんかでは電子一個による磁場なんてほとんど見えない!

3. フェルミ速度との関係

注意!! 電流は電子の流れと逆方向に定義されていますが,ここでは電流と電子の流れが同じであると定義して議論しています.

上で求めたカタツムリ速度はあくまでも,掛けられた電圧による電子の平均 速度であり,個々の電子は,電圧をかけられる以前からものすごい速さで全方位に飛んでいる.電圧をかける前は,全方向に均等なので, 平均速度は0となる.このように言うと,平均速度0の中での電子の動きというものは, 無風の中で高速で飛び回る酸素分子や窒素分子の運動の様であり, 電流がある場合は,風があるようにその全体がゆっくりと動いているという様子をイメージされるかもしれない.

確かに今から私は自由電子ガスモデルというものを導入するのであるが, 電子はフェルミ粒子というタイプの粒子であり,ガス分子の様な古典的な粒子とは全く違う振る舞いを見せるので,そのことを考慮しなければならない. 少しだけ量子力学の世界に入り込む.

量子力学では,同じ種類の粒子がいくつか集まって一つ一つの粒子に区別をつけられない時,古典粒子とは全く違う振る舞いを見せる. 全ての粒子種は,その振る舞いで二つのグループに分けられる. それはボーズ粒子とフェルミ粒子である. 電子はフェルミ粒子であり,自由電子達の運動量分布にもその特徴が現れる. 運動量とはここでは粒子の (質量)×(速度) である.一つの電子の運動量を図2-1 にベクトルで示した. ある範囲注1)に含まれる電子達はどれがどれかの区別を付ける事ができず,それらの運動量ベクトルを一つの座標に集めて運動量分布を見たい. そのためにはベクトルでは棒の部分がじゃまなので,図2-2 のようにベクトルの先の点だけで運動量を表す.

   

フェルミ粒子の場合は,同種粒子がたくさんある時,一つとして同じ状態 (ここでは運動量)注2)をとることができない注3). そして,図2-3 のように小さな運動量状態から占められていくので,運動量分布は図2-4のような球になる. 一つとして同じ運動量を占める事ができないと言う事は,この球の密度はどこも一様であり,すきまなく詰まっている. 球の表面は,方向は違うが最大の運動量を持つという状態ばかりでできており, この面をフェルミ面とよぶ.そして,そこの電子達のもつ速さをフェルミ速度という. この分布は気体分子達の速度分布とは全く違うものである.(詳細を言うと,フェルミ面の部分は,熱エネルギーでほんの少しぼやけている)

   

銅の場合のフェルミ速度は1.57×106 m/s らしい.この速さは光速の1%のオーダにせまっており,特殊相対性理論の影響を考えられる 速さである. とはいえ,「2. 電磁場の相対性」で紹介した相対論についての思考実験では,平均速度を相手にしなければならない.個々に見ていくら大きなスピードでとんでいる電子があっても,その反対方向に飛んでいるものがあったなら,その効果はキャンセルされてしまい,相対論の思考実験で採用すべき電子のこの部分の速度は0となる.

注1)  重要なので後で議論を付け足します.

注2) 方向が違う場合も違う状態であると考えてよい.運動量はベクトル量である.

注3) 実際にはそれぞれが2種類のスピンを選ぶ事ができるので,二つの電子が同じ運動量を選べるのであるが,ここの話には影響しないのでそのことは無視する.

4. 電圧をかけた後のフェルミ球

注意!! 電流は電子の流れと逆方向に定義されていますが,ここでは電流と電子の流れが同じであると定義して議論しています.

上で述べたフェルミ球で表される自由電子達の運動量分布が,導線に電圧をかけた後どのようになるか?というと,例えば図3-1で, x方向に電流が生じる様な電圧をかけたなら,各ベクトルに,平均速度 0.07 mm/s = 0.7×10-4 m/s を加えたものになる. 逆に言えば,0.07mm/s とはこのようなモデルで求めた電子の平均速度である. 図は,加算されるベクトルを明瞭な大きさにして描いてあるが, フェルミ面上の電子の速度が 1.57 × 106 m/s であることを思い出すと,実際には0.07 mm/s というのは何と小さなベクトルであろうか!

   

そして,電子はフェルミオンなので,0.07mm/s ずれた位置で,やはり球の速度分布をつくる. 電圧をかける前のフェルミ球と,電圧をかけた後のフェルミ球を図3-1に示した. 0.07mm/s のずれをものすごく大げさに描いているが, このようにフェルミ球は平均速度分だけ全体がずれる

図3-1 では各電子がおのおの 0.07mm/s の x 成分を得たとして,新しいフェルミ球を作ったが,電流全体を考えた時, 電流を担っているのは (-)x 方向に対を持たない(+)x 側の電子,すなわち+半球のフェルミ面上電子だけ である. これを図3-2 に示した. 言い換えると電流の反対方向に飛び,かつフェルミ速度をもつ電子が居なくなり,正方向のフェルミ速度を 持った電子が,その分増えると考えても良い. このことは,電子がフェルミオンであり,フェルミ球という速度分布を持つという事に強く依存していることが大切である.

図3では,0.07 mm/s のシフトを明瞭な大きさに描いたが, 実際にはフェルミ球の半径に対して10-4/106 = 10-10 の厚みしかないのである. 電流を作っている電子の数は先にのべた  ではなく,その1/100000000000 程度である. そして,その電子達の速度は フェルミ速度,1.57 × 106 m/s あたりである.と,そう言っても良い.

5. 電磁場の相対論を考える場合の電子の速度

「2.電磁場の相対性」で紹介した思考実験には,いったいどの電子速度を採用すべきだろう. A) 伝導電子の密度 =  が,0.07 mm/s で流れると考えるべきなのか?それとも,B) n'= 8.5×1028×[0.0007/(1.57×106)] の電子達が1.56×106 m/s で流れると考えてよいのか?

実は上でのべた相対論的な思考実験の条件としては,電流電子と外の電子の速度が同じにならなくてもかまわない.導線が帯びる電気量を計算する時に,伝導電子も止まっている方が,計算と説明が楽になるだけの話であった. したがって,この思考実験は電子の速度について決定的な事を述べる事はできないのである. 相対性理論の相対性理論たる結論である.

とはいえファインマンは,実際,導線内の電子と,外の電子の速度を同じにして議論しているのである. A)とB) のどちらかのイメージに軍配はあるのだろうか? ということは気にかかる. フェルミ球の各電子が,電圧を受けて全体としてシフトしたフェルミ球に移る時,電子と電子はどれも識別できないので, 量子力学ではどの電子がどの位置に移動したかを決められない,全ての過程の可能性を計算して足し合わせたものが確率振幅である. 全ての電子に0.07 mm/s の運動量を足した場合の寄与が最も大きくなるのだろうか? その場合 A) が実状に近いモデルと言うことになる. フェルミ球の表面より中の方の運動量状態をとっている電子は,近辺の状態全てがすでに他の電子で占められているので,状態を変える事ができない. したがって,外から掛けられる電圧によって状態を変える事ができるのは,フェルミ面の電子のみということにも考えられる. この場合はB) のモデルが現状を表しているようにも思える. そもそも,両者のどちらかを選ぶこと自体がナンセンスなのかもしれない. 他にもっと現実に即したモデルがあるのかもしれない. もっと詳しいことについては今後の課題としたい. もちろん物性に詳しい方のコメントは大歓迎である.

A-1. 子どもたちの疑問にどう答えるか?

ここまでの考察のきっかけは, 「電気と光とどちらが速いのか?」という子どもたちの疑問に端を発している ONSEN. この疑問を持った記憶は私自身の幼い思いでの中にもある. おそらく非常に多くの子どもたちがそれを経験しているのだろう. 家の電灯のスイッチを押した時に瞬時にそれが働く事を子どもたちは体得している (このごろは反応が鈍い私の様なものを「蛍光灯」と呼ぶ事もなくなるほど,蛍光灯の点灯も早くなったということには関係なく).

電流が電子の流れだと学んだ子どもは,電子の流速としてこの疑問を持つであろう. そしてそれ以前のもっと幼い子どもたちは「電気」という言葉の不明瞭さのように,もっと漠然としたものの速さを思うのだろう.

まず, (1)「光より速く伝わるものは無い」ことを教えなければならないだろうが,その本当の意味を知る人は, 大人の中にも,そんなには居ないのではなかろうか? これは時間の本質である.

次に,上で示した ONSEN の webの答えにあるように,電気の速さと言う時に二つの要素がある事を子どもたちには教える必要があるだろう. ここで議論したような(2)「電子の流れの速さ」と, (3)スイッチを入れた事が導線内全体に伝わって,導線中の電子が流れ出すのにかかる時間である.

(3)については, 電圧が伝わる速さであり,これは本質的には光と同じであり,導線中を単パルスが伝わると思ってよい.

このことを伝えるために, ONSEN の web でも採用されている「ところてん」の話, すなわちところてんが押し出されるように一番後ろで押すと, 瞬時に出口でも押し出されているという比喩は,実はなかなか奥行きがある. 「光の速度より速いものはない.」と子どもに教えると,少し思考実験のできる子なら,長い棒を 横たえて,その片端を持ち上げると,瞬時にもう片方の端も動くのでは?と 疑問を持つだろう.物質を構成する原子は,例外無く電磁相互作用でつながっているので, ぱっと考えると瞬間に思えるこの運動が伝わる速さも,光速を超えることはない. 電磁場が光速に近い速さで導線中に伝わる事を,ところてんの比喩はうまく含んでいるのかもしれない. ただし遅れの方はどうだろう? ところてんの柔らかさが,イメージを少し複雑にしそうだが,結晶の様な共有結合でつながった固い 物質でも,動くのは重たい原子核なので,結構遅れるのかもしれない.

電線中を電圧が伝わることの比喩に,空気を伝わる音波が使われる例をどこかのwebで見かけた. 音波の場合は分子達の疎密が波になって伝わるものである. この場合は空気の中で動き回っている窒素や酸素の分子の速度 約500 m/s が原動力になっており, その速度を超えることはない(音速は約300 m/s). これを電流に当てはめると,フェルミ速度での電子の運動が気体の場合の分子運動に対応するので, その速度が光速の1%以下となって遅すぎるのもさることながら, 電磁場が伝わるのとは全く違うことの描像になっている(それを言うとところてんもだめか). こちらの比喩は伝える内容そのものが別の物になってしまうのである (こちらは,電気抵抗の原因になるフォノンでしょうか?).

(2)のいわゆる電流の方も重要である.W = I × V であり, 何にしても仕事はこの 電流がするのである*. 話のきっかけとして 0.07 mm/s を教えるとしても,ここで議論して来た内容を整理して, もう少し複雑な電流の本当の姿を子どもたちに伝える工夫をしたい気持ちが,私自身への課題としてある. 子どもたちはじゃま臭がってにげてしまうのだろうか?

* ラジオの場合は,電磁波(本質的には光と同じ)が情報を運んで来て,その小さなエネルギーを こちらのI の方で増幅して しっかりと聞けるものにする.モーターを回す,電灯をともす,物をあっためる...仕事はたいがい W = I × Vがやっている.

A-2. 話は大きくずれて,分かりやすく話す事への雑感

物事を分かりやすく教えることは大変難しいがすばらしいことである. しかし,複雑なことを簡単にしてしまって教えることにはいつも大きな危険がともなうし, その事自体に疑問を感じることも多い. 科学にたずさわる人々の重大な課題であろう.

同時に社会全体にもそれは求められる. 話していることとの関係を確かめもせず,関係の無いことを比喩につかって,分かりやすく話したり, 真実を証明したかの様な気になっている政治家に危険を感じる. また,そういう政治家ほど人気が非常に高くなる世情の事も残念に思う.

2008年,正月 coterra 記

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